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東京地方裁判所 平成8年(ワ)16245号 判決

主文

一  被告は、

1  原告川井正敏に対し、金五六万二〇〇〇円

2  原告平野廣美に対し、金五二万四〇〇〇円

3  原告鹿野和子に対し、金六三万円

4  原告黒沢明子に対し、金三六万八〇〇〇円

5  原告黒沢和子に対し、金三六万八〇〇〇円

6  原告黒沢寿子に対し、金七五万二〇〇〇円

7  原告後藤寿美子に対し、金六一万二〇〇〇円

8  原告水谷量子に対し、金五六万八〇〇〇円

9  原告力元伊津子に対し、金六七万二〇〇〇円

10  原告庄司祐子に対し、金七五万六〇〇〇円

11  原告池田節子に対し、金七七万四〇〇〇円

12  原告本間明に対し、金五四万五七〇〇円

13  原告本間ミヨに対し、金九万六三〇〇円

14  原告有限会社ムッシュミツオに対し、金五九万八〇〇〇円

15  原告玉田直人に対し、金七〇万二〇〇〇円

16  原告永瀬睦子に対し、金六〇万二〇〇〇円

17  原告浜砂千夏に対し、金七七万六〇〇〇円

18  原告岡田孝子に対し、金七九万四〇〇〇円

19  原告三枝泰清に対し、金二二万二〇〇〇円

20  原告荒木正雄に対し、金一〇万円

21  原告三枝英美子に対し、金四四万四〇〇〇円

及び右各金員に対する平成八年一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告川井正敏に対し二八一万円、原告平野廣美に対し二六二万円、原告鹿野和子に対し三一五万円、原告黒沢明子に対し一八四万円、原告黒沢和子に対し一八四万円、原告黒沢寿子に対し三七六万円、原告後藤寿美子に対し三〇六万円、原告水谷量子に対し二八四万円、原告力元伊津子に対し三三六万円、原告庄司祐子に対し三七八万円、原告池田節子に対し三八七万円、原告本間明に対し二七二万八五〇〇円、原告本間ミヨに対し四八万一五〇〇円、原告有限会社ムッシュミツオに対し二九九万円、原告玉田直人に対し三五一万円、原告永瀬睦子に対し三〇一万円、原告浜砂千夏に対し三八八万円、原告岡田孝子に対し三九七万円、原告三枝泰清に対し一一一万円、原告荒木正雄に対し六一万円、原告三枝英美子に対し二二〇万円及び右各金員に対する平成八年一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、建物の建築、販売を業とする被告から一棟の新築マンション(総戸数二三戸)のうち一八戸の区分所有建物をそれぞれ購入した原告らが、被告が、隣接地に建物の建築計画が存在することを当初から知っていながら、これを秘匿して原告らに区分所有建物を販売し、日照阻害等の損害を与えたとして、被告に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1 被告は、不動産の建築、販売等を業とする会社であり、宅地建物取引業の資格も有している。

2 原告らは、被告の販売代理人である株式会社ジョイント・コーポレーション(以下「販売代理会社」という。)を介して、被告から、別紙区分所有建物一覧表記載のとおり、被告の新築予定の別紙物件目録記載の「マイキャッスル高輪台」と称する一棟の建物(総戸数二三戸のマンション、以下「本件建物」という。)のうち、専有部分の建物の番号欄記載の各区分所有建物(以下「本件区分所有建物」という。)を、平成六年六月二三日から同年七月二日までの間の契約日欄記載の日に、購入価格欄記載の代金額で、それぞれ購入し、その後、被告に対し右各代金を支払った(なお、《証拠略》によれば、建物の番号三〇二の区分所有建物は、原告本間明が持分二〇分の一七、原告本間ミヨが持分二〇分の三の各割合で購入し、建物の番号四〇二の区分所有建物は、原告三枝泰清が持分三分の一、原告三枝英美子が持分三分の二の各割合で購入したことが認められる。)。

3 本件建物は、平成七年八月ころ完成し、同年一〇月ころまでに原告らに対し本件区分所有建物の引渡しが行われたが、本件建物の南側隣接地(以下単に「隣接地」ともいう。)の所有者であった清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)は、平成六年一二月一五日ころ、子会社である株式会社エスシー・エステート(以下「エスシー・エステート」という。)に対し右隣接地を譲渡し、同会社は、平成七年六月初めころ、本件建物の南側隣接地の上に、清水建設の使用する社宅の建築工事を始め、平成八年二月ころ右建物を完成させた。

4 右建物は、本件建物と同程度の高さがあり南側に密接するものであったため、本件建物の日照、通風、観望は、右隣接建物の建築によって相当に阻害される結果となった。

二  争点

本件の主な争点は、被告が、当初から、本件建物の南側隣接地に建物の建築計画が存在することを知っていながら、これを秘匿して、原告らに対し、本件区分所有建物を販売したか否かである。

1 原告らの主張

(一) 一般に、新築予定マンションの内部の区分所有建物を分譲販売しようとする業者は、購入予定者の意思決定に重要な意義をもつ事項については、これを購入予定者に告知すべき信義則上の義務があり、これに違反して購入予定者に損害を与えたときは、債務不履行ないし不法行為として、その損害を賠償する責任があるというべきである。

(二) 本件建物の南側隣接地の所有者であった清水建設は、被告に対し、平成六年六月二一日ころ、書面をもって、(1)清水建設も隣接地に社宅を建築する計画があることを告知するとともに、(2)本件区分所有建物の購入者に対し、右建築計画について、苦情の申立て及び損害賠償の請求を行わないことを、重要事項説明書に明記してその趣旨を徹底することを申し入れた。

しかるに被告は、右申し入れについて何らの対処もせず、これを秘匿したまま、同年六月二三日から同年七月二日までの間に、原告らに対し、本件区分所有建物を販売した。なお、当時、本件建物の南側隣接地は、緑濃い雑木の疎林であった。

(三) 原告らは、本件建物の南側隣接地が相当期間ないし半永久的に緑地でありつづける可能性を見込んで、本件区分所有建物を別紙区分所有建物一覧表記載の金額と評価し、これを購入したものであるが、被告が隣接地に建物建築計画のあることを秘匿しこれを原告らに告知しなかったことにより、多大の精神的苦痛を被った。その慰謝料の額は、少なくとも、本件区分所有建物の購入価格の一割に相当する金額を下らない。

2 被告の主張

(一) 原告らの主張(一)は争う。

(二) 原告らの主張(二)の事実は否認する。

清水建設は、当時、隣接地上に、何時、どのような内容の建物を建築するかについて、具体的な計画を全く有していなかった。したがって、被告は、原告らに対し、隣接地上に具体的な建築計画があることを告げることが不可能であったのであり、被告には、原告ら主張のような告知義務違反は全くない。

(三) 原告らの主張(三)の損害額は争う。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1 被告は、平成五年一二月二二日ころ、本件建物の敷地(東京都品川区東五反田四丁目八番九五宅地四四六・六〇平方メートル、私道に面した間口約七メートル、奥行約三〇数メートルの細長い不整形な土地、外に私道の持分)を購入し、その後同地上に本件建物を建築することを計画して、平成六年三月七日ころ、近隣住民に対し、建築工事計画の説明会を同月一三日に開催する旨の書面を配布した。

右土地の南側隣接地(東京都品川区東五反田四丁目八番一〇宅地四五〇・四二平方メートル、私道に面した間口約七メートル、奥行約三六メートルの不整形な土地)の所有者であった清水建設は、同年三月ころ、たまたま右説明会開催の書面を入手したため、被告に対し来訪して建築計画の詳細を説明するよう要請し、同年六月二日、これに応じて訪れた被告の担当社員から右説明を受けたのち、同社員に対し、本件建物の隣接地に清水建設の社宅を建築する計画があることを告知し、その上で、隣接地との境界線から本件建物までの距離などを質問するとともに、本件建物のバルコニー側(南側)に清水建設社宅が見えないような目隠しを設置するよう要請した。なお、清水建設は、右のとおり隣接地上に将来社宅を建築する計画を有していたが、具体的な着工時期や工事内容等を決定していなかったので、被告担当社員に対し具体的な説明はしなかった。

2 さらに、清水建設は、被告に対し、同年六月二一日、「(仮称)マイキャッスル白金(本件建物)建設にあたっての要望書」と題する同月一七日付け書面を送付し、隣接地に建物建築計画があることを改めて書面で通知するとともに、次のような申し入れをした。すなわち、右書面には、「1弊社所有地については社宅などの建設計画がありますので、下記事項についてご対応願います。(1)当社の建築計画について、苦情の申立及び損害賠償の請求等を行わないことを販売時の重要事項説明書に明記し、徹底して頂きたい。(2)マンション南側について、窓・ベランダに目隠しをし、双方のプライバシー面を考慮した建設として頂きたい。(3)ポンプ室、エアコン屋外機等の騒音対策に充分配慮した建物とするとともに、分譲後これらの設備から発生する騒音が、客観的な測定データ等により当社建物に影響がないようにご配慮願いたい。2入居後、私道部分及び付近公道上に車を駐車しないよう管理規約に明記したうえで入居者に徹底して頂きたい。なお、上記事項につき、六月末日までに文書にてご回答願います。」との記載がなされていた。

しかし、被告は、右申し入れに対して全く何らの対応もせず、販売代理会社を通じて、原告らに対し、別紙区分所有建物一覧表記載のとおり、同年六月二三日から同年七月二日までの間に、本件区分所有建物を次々と分譲販売し、同年七月八日ころ、建築請負業者に発注して本件建物の建築に着手した。

もっとも、被告は、原告らに対し、右販売の際、重要事項説明書に「本件周辺にあるものが、将来建築基準法関係法令に基づく合法なる建築物を建築することに異議を申し立てないこと」と記載し、その旨の説明をしたが、これは、通常被告が建物を販売する際に重要事項説明書に記載して説明している一般的な事項であって、清水建設からの右申し入れに対応して行ったものではなかった。

そして、被告は、右販売後の同年七月二一日ころ、清水建設に対し、前記申し入れに対する回答書を送付し、「1(1)について、通常当社が販売を行う際には、隣接地に建築基準法関係法令に基づく合法なる建築物を建築することに異議を申し立てないよう重要事項説明書に明記しております。(2)について、南側につき、目隠しは考えておりません。(3)について、充分配慮しております。2について、管理規約には明記しております。」との返答をした。

3 本件建物の南側隣接地は、本件区分所有建物の分譲販売当時、雑木の疎林で緑地となっていた。また、被告が作成した販売用パンフレットには、「緑豊かな高台の閑静住宅地の中」との宣伝文句が記載されていた。

原告らは、いずれも、被告や販売代理会社から、南側隣接地に清水建設社宅の建築計画があることを知らされていなかったため、南側隣接地が右のように緑地となっている現況を確認し、当分の間は右隣接地が緑地でありつづけるものと信じて、本件区分所有建物を購入した。

4 その後、清水建設は、いよいよ南側隣接地上に社宅を建築することを具体化して、平成六年一二月一五日ころ、子会社であるエスシー・エステートに南側隣接地を譲渡し、同会社は、平成七年三月ころ、近隣住民に対し工事計画の説明をしたうえ、同年六月初めころ、清水建設の使用する社宅の建築工事に着手し、平成八年二月末ころ、右建物(鉄骨造陸屋根三階建共同住宅、床面積一階ないし三階とも各一七四・五一平方メートル)を完成させた。

5 被告は、右隣接建物建築中の平成七年八月二日ころ本件建物を完成させ、同月六日ころ、原告ら購入者のための内覧会を開催したのち、同年八月二五日ころから同年一〇月一八日ころまでの間に、原告らに対し、それぞれ、本件区分所有建物を引き渡した。

原告らは、本件区分所有建物の引渡後間もなく、隣接建物の骨組み工事が屋上まで進行したため、当初期待していた日照、通風、観望等の利益を殆ど享受できなかった。

原告らは、同年一一月ころ、本件建物についての管理組合を結成し、隣接建物の建築による影響等に関しエスシー・エステートの担当者等と折衝するうち、同年一二月二〇日ころ、右担当者から、清水建設が、被告に対し、本件区分所有建物の分譲販売前に、予め、南側隣接地に建物建築計画を有していることを告知し、区分所有建物の購入者らにその旨を周知徹底して欲しいとの要請をしていたことを初めて知らされた。

二  ところで、新築マンションの内部の区分所有建物を分譲販売する業者は、宅地建物取引業法三五条、四五条等の趣旨や信義則等に照らし、売買契約に付随する債務として、区分所有建物を購入しようとする相手方に対し、購入の意思決定に重要な意義をもつ事項について、事実を知っていながら、故意にこれを秘匿して告げない行為をしてはならないとの義務を負っており、これに違反して相手方に損害を与えたときは、重要事項告知義務の不履行として、これを賠償する責任があると解するのが相当である。

そして、新築マンションの南側に隣接する緑地上に将来建物が建築されるか否かは、その区分所有建物を購入する者にとって、大きな関心事であり、売買契約締結の意思決定に重要な意義を有する事項であるというべきである。

前記認定事実及び争いのない事実等によれば、被告は、本件区分所有建物の分譲販売当時、南側隣接地の所有者であった清水建設から、格別に文書をもって、隣接地上に将来社宅を建築する計画があるので区分所有建物の購入者らにその旨を告知し徹底して貰いたいとの要請を受けており、これを告知することが可能であって、告知するについて何ら支障がなかったにもかかわらず、あえて、これを秘匿し、右建築計画があることを告げないまま、販売代理会社を通じて、原告らに対し、本件区分所有建物を販売したことが認められるから、被告は、原告らに対し、本件区分所有建物の売買契約に際し重要事項を告知すべき義務を怠ったものというべきであり、売買契約に付随する債務の不履行として、これによって、原告らが被った損害を賠償する責任がある。

被告は、右分譲販売当時、清水建設の建築計画は、その内容等が具体的に決まっていなかったから、右計画を原告らに告知すべき義務がない旨主張し、《証拠略》によれば、確かに、清水建設は、当時、右建築計画について、その着工時期や建物の内容等を具体的に決定していなかったことが認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、原告は、清水建設から、本件区分所有建物の分譲販売前である平成六年六月二日ころまでに、すでに、口頭で、隣接地に同会社の社宅を建築する予定であることを告げられており、さらに、同月二一日ころ格別に文書により、隣接地上に同会社の社宅等の建築計画があるとして、<1>この計画について、区分所有建物の購入者らが苦情の申立等を行わないよう販売時の重要事項説明書に明記し徹底すること、<2>建物の南側に目隠しなどを設置し、双方の建物居住者のプライバシーが侵害されないようにすること、<3>本件建物について、ポンプ室、エアコン屋外機等の騒音対策に充分配慮することなどの申し入れを受けていたのであるから、右建築計画について着工時期や建物の内容等が具体的に決まっていなかったとしても、右申し入れのような建築計画が存在することないしは右建築計画がある旨の申し入れがあったことを区分所有建物の購入者らに告知すべきであったのである。被告は、建物購入者たる原告らに対し、右申し入れのような建築計画が存在することを容易に告知することができたものであり、また、その告知をすることに何ら支障がなかったにもかかわらず、あえて、右事実を秘匿して、本件区分所有建物を販売したものであるから、右告知義務違反による責任を免れることはできない。

三  前記認定の事実関係によれば、原告らは、被告の前記告知義務違反により、少なくとも当分の間、隣接地が緑地であり続けるであろうとの期待を裏切られ、日照、通風、観望等を享受することができる利益を失い、相当の精神的苦痛を被ったことが認められる。そして、原告らの右精神的苦痛に対する慰謝料の額は、前記のとおり、本件区分所有建物の売買契約に際し、説明のうえ交付された重要事項説明書には、隣接地上に将来合法なる建築物が建築されることに異議を申し立てない旨の記載があり、原告らは、いつか、隣接地上に建物が建築されることがあり得ることを承諾していたこと、本件区分所有建物の分譲販売当時、清水建設が隣接地に社宅等を建築する計画を有していたものの、その着工時期等は具体的に決まっていなかったことなど前記認定の諸事情を総合考慮すると、本件区分所有建物の各購入価格の二パーセントに当たる金額と認めるのが相当である。

ただし、弁論の全趣旨によれば、原告荒木正雄は、建物購入資金の一部を調達することが困難となり、被告との間で、当初の購入価格三一一〇万円からその約八パーセントに相当する二五〇万円の減額を受ける旨の合意をしたことが認められるから、この事情に照らすと、同原告の右慰謝料額は、一〇万円と認めるのが相当である。

四  以上のとおりであり、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 市川頼明)

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